東京地方裁判所 昭和25年(行)52号 判決
原告 菊地広繁
被告 杉並税務署長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が原告の昭和二十四年度所得につき昭和二十五年二月二十六日附通知書を以てなしその後同年四月八日附通知書によつて減額訂正を施した更正決定中所得金額六万六千円、所得税額一万五百円とあるを所得金額三万五千三百円、所得税額二千二百円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は肩書住所で占業を営んでいたものであるが、その昭和二十四年度における所得総額は金三万五千三百円で所得税額は金二千二百円となるので、昭和二十五年一月二十五日被告に対しその旨の確定申告をしたところ、被告は同年二月二十六日附通知書を以て原告の昭和二十四年度所得金額を金十万円所得税額を金二万千四百五十円と更正する旨を通告してきたので、原告は適法期間内たる同年三月二日被告を経由して東京国税局長に対し審査の請求をなしたところが、被告は同年四月八日附通知書を以て所得金額を金六万六千円、所得税額を金一万五百円に減額訂正する旨を通告してきた。しかしながら原告の前記確定申告は正確に記帳した帳簿に基いてなされているのに対し、被告の課税処分は単なる見込を以てなされ、前示訂正処分も原告の所得の十分な調査を行うことなくして漫然となされたものであつて、依然不当過大の域を出ないにかかわらず、前記審査請求後既に三箇月以上も経過しても未だこれに対する決定がないから、右違法な更正決定に対し確定申告どおりに変更を求めるため本訴に及んだ。と陳述し、被告の主張に対し、所得税は所得に対して賦課せられるもので生活費消に対して賦課せられるものではない。而して人の生活費消は必ずしもその人の所得のみによつて賄われるとは限らないから、生活費消の面から直ちにその人の所得を逆算することは危険である。又人の生活は各人につき千差万別であるから、一片の統計によつて直ちにその人の生計費を推算することも妥当でない。原告は夫妻二人限りの極めて質素な生活を営んでいるものでその生計費も被告の挙げる統計をはるかに下廻るものである。しかも原告は占業の傍ら不双教の神道教師として宗教的仕事に携つていた関係上供物その他の寄進を受けることが多く、これらによつて食糧費の大部分を賄い得たので、占業による収入は少くとも、生活には事欠くことがなかつたのである。しかるに被告の査定は原告のかかる事情を故意に黙殺したものであるから失当たるを免れない。と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中原告の職業、確定申告、更正決定並びにその訂正及び審査請求に関する点はこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告が原告の昭和二十四年度所得金額を金六万六千円と査定したのは次の理由による。すなわち被告は昭和二十五年四月初頭所属係員小沢二郎をして原告の昭和二十四年度所得を調査せしめたところ、原告は同係員に対し占易鑑定依頼者数は一日二、三人乃至四、五人、その鑑定料は一人当り金百円、但し一箇月の中五日乃至十日位は全然客のない日がある旨申立てたので、被告は右申立に基き一日当りの鑑定依頼者数を三人、一箇月の稼働日数を二十三日と見積り、一箇月の平均収入金額六千九百円を算出し、さらにこれを十二倍して年間収入金額を金八万二千八百円と算定した上、蝋燭代、筮竹の償却費等の必要経費を収入金額の二割と見積り、これを控除した残額六万六千二百四十円の内二百四十円を切捨て、金六万六千円を以て原告の昭和二十四年度所得金額と決定したものである。なお被告のなした右査定の正当なことは次の事実によつても裏付けられる。すなわち総理府統計局発行の昭和二十四年度消費者価格調査年報によれば同年度の東京都における一人当りの平均年間生計費は金三万五千八百十八円であつて、これを原告の世帯に適用すれば原告の夫妻二人の該年間生計費は金七万千六百三十六円となり、しかも原告は同年度において六月以降十二月までの間に三回に亘り予定申告に基く計金三千三百八十四円の所得税を納付し、同年九月には住民税金五百三十円を納付しており、又原告の郵便貯金は該年間において預入、払出差引金二千六百二十六円の増加を示している。而してこれらの生計費及び公租の支出と資産増加の合計額七万八千百七十六円は特段の事情のない限り原告の昭和二十四年度における所得によつて賄われたものと推定し得るからである。以上の次第で被告の査定はむしろ原告の実収入を下廻るものであり、原告主張の帳簿の記載は到底正確を期し得ない。
仮に原告の昭和二十四年度における占業による収入が原告主張のとおりであり、原告夫妻の食糧費の大部分を宗教関係に基く供物その他の寄進に仰いでいたとしても、かかる生計費を大幅に低減し得る程度の寄進を継続的に受けていたとすれば、それは一種の事業所得に属するものといい得るから、結局被告のなした原告の昭和二十四年度所得総額の認定に不当はない。と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告が昭和二十四年度中肩書住所において占業を営んでいたこと原告が同年度におけるその所得金額を金三万五千三百円、所得税額を金二千二百円として昭和二十五年一月二十五日被告に対し確定申告をなしたところ、被告は同年二月二十六日附通知書を以て原告の右年度所得金額を金十万円、所得税額を金二万千四百五十円と更正したこと、原告が右更定決定に対し適法期間内たる同年三月二日被告を経由して東京国税局長宛に審査請求をなしたところ、被告は同年四月八日附通知書を以て右所得金額を金六万六千円、所得税額を金一万五百円に減額訂正処分をしたこと及び前示審査請求については既に三箇月以上を経過しているが未だこれに対する決定がなされていないことはいずれも本件当事者間に争がない。
よつて次に本件争点たる原告の昭和二十四年度所得の数額につき按ずるに、被告は昭和二十五年四月初頭所属係員小沢二郎をして原告の昭和二十四年度所得を調査せしめたところ、原告は同係員に対し占易鑑定依頼者数は一日二、三人乃至四、五人、その鑑定料は一人当り金百円但し一箇月の中五日乃至十日位は全然客のない日がある旨申立てたので、被告は右申立に基き一日当りの鑑定依頼者数を三人一箇月の稼働日数を二十三日と見積り、一箇月の平均収入金額六千九百円を算出し、さらにこれを十二倍して年間収入金額を金八万二千八百円と算定した上蝋燭代筮竹の償却費等の必要経費を収入金額の二割と見積り、これを控除した残額六万六千二百四十円の内二百四十円を切捨て、金六万六千円を以て原告の昭和二十四年度所得金額と決定した旨主張し、証人小沢二郎は被告の右主張を裏付けるに足るが如き証言をしているが、右証人の証言は原告本人の第一回供述と対比してにわかに措信し難く、原告本人の同供述によれば原告方を来訪する占易鑑定依頼者の数は極めて不同で、一日に四、五人位来訪することもあるが一週間位全然依頼者のないこともあり、平均して辛うじて一日一人の依頼者があるに過ぎない状態であること及び原告は被告の派遺した調査員小沢二郎に対して被告主張のような申立をしたことはなく、ただ鑑定依頼者は三人来る日も四人来る日もあるが、来ない日が多い旨申立てたに過ぎないことが認められるから、被告が原告の昭和二十四年所得金額をその占業収入のみを基礎として前記の如く算定した措置は失当であり、原告の昭和二十四年度における占業収入は、成立に争のない甲第一号証(収入控)の記載及び原告本人の第一回供述を綜合すれば命名、上棟式、地鎮祭、結婚祭式の執行、書道教授等による附随的収入を併せて原告主張のとおり金三万五千三百円と認定するのを相当とする。
しかしながら公務署発行の刊行物として直正に成立したと認め得る乙第三号証(総理府統計局発行の昭和二十四年度消費者価格調査年報)によれば昭和二十四年度の東京都における一人当りの平均年間生計費は金三万五千八百十八円であることが認められ、これを原告の世帯に適用すれば原告夫妻二人の該年間生計費は金七万千六百三十六円となる。而して普通の生活程度にある者ならば右平均生計費を甚だしく下廻ることは到底考え得ないから、原告夫妻の生計費も原告の前記金三万五千三百円の占業収入のみによつては賄い得なかつたことはいうまでもない。(もつとも原告本人はその第一、二回供述において原告夫妻の生活態度は質素を旨とすることを強調しているが、原告本人の右供述においても、又証人小沢二郎の証言によるも原告夫妻の生活程度が普通以下であるとは認められない。)しかも原告は昭和二十四年度において六月以降十二月までの間に三回に亘り予定申告に基く計金三千三百八十四円の所得税を納付し、同年九月には住民税金五百三十円を納付しており、又原告の郵便貯金は該年間において預入、払出差引金二千六百二十六円の増加を示していることが各成立に争のない乙第一号証(郵便局通帳受払明細書)及び第四号証(納税証明書)並びに原告本人の第二回供述により認められる。以上認定したところによれば昭和二十四年度における原告夫妻の生計費を金七万千六百三十六円と推算し、これに前記公租の支出と資産増加額を加算した合計額七万八千百七十六円より逆算して原告は同年度中に右同額の所得があつたものと一応推測することができる。
右に対し原告は当時不双教の神道教師として宗教的仕事に携つていた関係上供物その他の寄進を受けることが多く、これらによつて食糧費の大部分を賄い得たので占業による収入は少くとも生活には事欠くことがなかつた旨抗争するので、この点について考えてみるに、原告本人の第一、二回供述によれば、原告は昭和四年以降不双教の神道教師を勤め、その傍ら昭和十年以降占業を開業したものであるが、戦災により現住所に引移つた後もその傘下になお五、六十人の信者を擁し、自宅に祭壇を設け、これら信者の供物その他の寄進により米味噌等の食糧品に事欠くことなく、これがため占業による収入は少くとも別に生活に不自由を感ずることなく過してきたことが認められる。しかしながら原告が右のような関係に基き生計費を大幅に低減し得る程度の寄進を維続的に受けていたとすれば、それはもはや単なる贈与の範域を出で、所得税法(改正前)にいわゆる事業等所得の一種に属するものと解するのを相当とするから、結局原告は昭和二十四年度において前記占業収入の外なお課税標準となるべき所得を得たものというべきであり、その所得総額を以上の諸所得を併せて前記の如く金七万八千百七十六円と推算することは申告制をとる結果実額調査の困難なわが国税制の現状においてはあえて不当とはいえない。
しからば被告の査定がこれを下廻る金六万六千円である以上原告の本訴請求は理由がないことが明かであるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古山宏)